日本の電力事情を話すには、まずは明治時代に遡らなくてはならない
ninomy
2011-03-14 17:11:14
そもそも電力輸送は、初めは直流電源がふつうだった。しかし直流では電気を輸送している間での損失が大きいので、交流電源を用いることになっていった。しかし一口に交流といっても、その周波数はどうしたらいいのか?
ninomy
2011-03-14 17:12:20
つづき。交流電源を用いるとして、機器によってその動作に最適な周波数というのはまちまちになってくる。 20Hz程度の発電機や、100Hz以上の周波数の発電機もあり、さまざまな交流電源が用いられていた。しかし、それでは汎用性がないので、ある周波数に落ち着ける必要があった。
ninomy
2011-03-14 17:15:02
その後、だいたい50Hzや60Hzの電源が主流になってきた。その周波数がいちばん汎用性が高かったから。主にアメリカでは50Hzの電源が使われ、ドイツでは60Hzの電源が用いられるようになってきた。
ninomy
2011-03-14 17:16:04
そして明治時代の日本。東京では、ドイツから発電機を取り入れて、50Hz交流電力網が作られていった。そして関西では、アメリカからの発電機を取り入れて60Hz交流電力網が作られていった。
ninomy
2011-03-14 17:17:27
この時の技術導入によって、東日本一帯で50Hz発電機が多く使われ、西日本一帯で60Hz発電機が多く使われるようになってしまった。その後発電機の周波数を国内で統一させようとする動きもあったが、莫大なコストがかかることから断念された。
ninomy
2011-03-14 17:18:36
このような歴史的経緯があって、東日本で50Hz、西日本で60Hzというふうに異なる周波数の電源が使われるようになった。それぞれのエリア内では、電力融通ができる。
ninomy
2011-03-14 17:19:58
(今の電気機器の多くは問題ないものの)当時の電気機器は特定の交流周波数の下で動作する前提で作られていたため、周波数が異なることによる問題も多々あった。例えば西日本向けの電気機器を東日本に持ち込んで使ったらこわれた、ということは当時はよくあった。
ninomy
2011-03-14 17:21:31
また、異なる交流周波数の電源は、おなじ送電線を共有することができないので、西日本の電力を東日本に送るとか、その逆のようなことはすることができない。そこで、全国的に電力融通をすることができるように、60Hzと50Hzの周波数変換をする必要が生じてきた。
ninomy
2011-03-14 17:23:21
だいたい日本の交流周波数の境界はフォッサマグナに沿っている。そして、日本国内には現在3ヶ所の周波数変換を行うことのできる変電所がある。具体的にどう変換するかの説明は省くが、逆に言えばこの3ヶ所のどこかを通さない限り、東西で電力のやりとりをすることができない。関所のように。
ninomy
2011-03-14 17:24:58
そして、それぞれの変電所で変換することのできる電力にも限りがある。関所を一度にくぐれる人数に限りがあるということです。大量に電力を送ろうと思っても、変電所の容量を超える電力は送ることができません。
ninomy
2011-03-14 17:25:56
関西で節電しても無意味だという原因はここにあります。関西の発電所では常にフル稼働しているわけではなく、ある程度余裕をもって発電をしています。そして、それを関西で使っています。しかし、東日本で電力不足となれば、少し余分に発電所が稼働して、余計に電力を作り、余った分を東に送ります
ninomy
2011-03-14 17:27:21
そして、その余計に作った電力でもう変電所の能力いっぱいになってしまうのです。言い換えれば、変電所を通して東日本に送ることのできる電気を発電所がすべて作ってしまっているので、関西住民は何もしなくてももう電気は足りているのです
ninomy
2011-03-14 17:28:23
Togetter - 「東西で電気の周波数がなぜ違うのか」 (via ssbt)
(petapetaから)